東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14958号 判決 1969年9月08日
原告 姜又千
被告 国
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、原告が別紙物件目録<省略>記載の土地につき東京法務局城北出張所昭和四二年一二月二五日受付第八一、八一四号抵当権設定仮登記の本登記手続をすることを承諾せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、訴外井上衍は昭和四二年一二月二一日原告から金六〇万円を、利息月三分の割合、元利金弁済期翌四三年一月末日と定めて借受け、右債務の担保として、原告のため右訴外人所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)に抵当権を設定し、昭和四二年一二月二五日請求の趣旨掲記の抵当権設定仮登記を経由したのであるが、右金員借受けに際し右訴外人は原告に対し右弁済期に右債務を履行しないときには右仮登記の本登記手続をする旨約諾した。
二、しかるに右訴外人は右弁済期日後も右債務の履行をしないので、おそくとも右弁済期日後においては右仮登記の本登記手続をすべき義務があるというべきであるから、原告は同訴外人に対し本登記手続の履践を求めているのであるが、本件土地には被告(大蔵省)のため、右仮登記の後に前記出張所昭和四三年五月七日受付第二八、六一九号をもつて、葛飾税務署長が同年四月一二日にした租税滞納処分による差押を原因とする差押登記がされている。
三、よつて原告は不動産登記法第一〇五条第一四六条の規定により、登記上利害の関係を有する第三者にあたる被告に対し、原告が右仮登記の本登記手続を有することを承諾することを求める。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告主張の請求原因事実中本件土地につき原告主張の抵当権設定仮登記および差押登記のされていることは認めるが、その余の事実はすべて知らない。不動産登記法第一〇五条の規定は、所有権に関する仮登記の名義人が本登記を申請する場合に限り適用され、所有権以外の権利に関する仮登記の名義人が本登記を申請する場合には適用されないのであるから、抵当権設定仮登記の名義人たる原告がその本登記手続をするにつき被告の承諾を求める旨の本訴請求はその主張自体理由がない。
理由
仮に原告主張の請求原因第一、二項の事実が存するとしても(なお原告主張の日その主張のような抵当権設定仮登記および差押登記がされたことは当事者間に争いがない。)、左記のとおり、右主張事実自体から、原告がその主張のような承諾を被告に求めえないことが明らかである、といわざるをえない。
不動産登記法第一〇五条は所有権に関する仮登記をした後本登記を申請する場合を対象とし、所有権以外の権利に関する仮登記をした後本登記を申請する場合については全く触れていないことが同条の規定上明らかであつて、後者の場合には同条は適用されないものと解される。
ところで原告がそれにもとづいて本登記手続をすると主張する仮登記は所有権以外の権利である抵当権の設定の仮登記である(この抵当権設定仮登記のされていること自体は当事者間に争いがない。)から、この仮登記にもとづいてその本登記を申請する場合には、その本登記につき登記上利害の関係を有する第三者があつても、右規定により右第三者に対し本登記手続をすることについての承諾を求めることはできないものと解される。
もつとも所有権以外の権利に関する仮登記の場合であつても、たとえば、甲からその所有の土地について乙が地上権の設定の仮登記をえた後、丙が甲から右不動産についてさらに地上権設定登記を受けたのに対し、乙が自己の地上権設定仮登記にもとづく本登記を申請するときには、この本登記とこれと併存することの許されない丙の地上権設定登記とが同一土地について併存する事態が発生しうるのであるから、このようなときには、所有権に関する仮登記にもとづき本登記をすることによつて同一不動産に二個の所有権の登記の併存することを避けようとした不動産登記法第一〇五条の立法趣旨に鑑み、同条を類推適用すべきであると考える余地がないわけではない。しかし、仮にかような考え方をとつても、本件は右のような事例にあたるものではなく、本件土地につき被告のためにされた登記は、昭和四三年四月一二日葛飾税務署長がした租税滞納処分による差押を原因として同年五月七日にされた差押登記であつて(この差押登記のされていること自体は当事者間に争いがない。)、原告がその主張の仮登記にもとづき抵当権設定の本登記を経由しても、これとの併存を妨げられるものではなく、右抵当権設定登記の存することにかゝわりなく、右差押登記に表示されている滞納処分を続行し目的不動産の換価をすることが原則として可能であり、たとえば公売によつて買受人が買受代金を納付した時に抵当権は消滅しその登記も抹消されるに至るのであつて、ただその売却代金の配当につき、抵当権の設定が租税の法定納期限等以前であるときに限りその被担保債権が租税に優先し、そうでないときにこれに劣後するものとして処理されるにすぎない。それ故被告は原告に対しその主張の本登記手続について承諾すべき義務がない。
以上の次第で、原告主張の事実が存するとしても、この事実関係のもとにおいては、不動産登記法第一〇五条は適用されず、仮にその類推適用の余地があるとしても、原告はその主張の仮登記にもとづく本登記手続をすることについて被告の承諾を求めることはできない、というべきである。
よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 萩原直三)